亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
「うちのフェンネルは、今は春真っ盛りだよ」
いつの間にか傍にいたイブが、何故か自慢げにえっへん!と胸を張って言った。
緑の大国フェンネル…その呼び名の通り、あの国には春風が吹き渡っている。
「んーと、全体の二割くらいは目茶苦茶寒い冬だけど、デイファレトほどじゃないし。それ以外は全部春ばっかり。ポカポカしていて毎日眠いったらありゃしないよー…」
「………春って、雪は無いの?」
ポカポカ、という生温い空気がいまいち分からない。見た目も全く違うのだろうか。…首を傾げるレトに、さっきまで喚いていたリストが丁寧に答えてくれた。
「温度が高いからな。雪じゃなくて、降るのは雨。恵まれた気候だから、植物がよく育つ。ここの国とは違う、ちゃんと青々とした森だらけだ。…花を咲かせる木が多いせいか、風の強い日は花吹雪が見られる」
「………お花…」
………花吹雪。
そんなもの、見たことがない。そもそも花なんてもの、数えるくらいしか見ていない。人の手で育てられた花で、貴族を対象に売っている商人のそれを見たことがある。
………赤い色の、奇妙な形をした小さな植物だったと思う。
自然の中では、花なんて見られない。
唯一あるとすれば、神木アルテミスの真っ白な花ぐらいだ。
「あ、そうだ!そんなに春が見たいなら、イーオさん、フェンネルにおいでよ。ついでにダリルにも会ってあげてよ」
歓迎しまーす、とはしゃぎながら嬉しそうに言うイブ。
思い付きの大胆な話だが、リストも珍しくイブの話にのる。
「……来訪は全く構いません。実際、我が国にはここデイファレトやバリアンからの難民、亡命者が昔から多いんです。異端者扱いはまず有り得ない」