闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「……もう、会ってるって、こと……?」

 怪訝そうに問うその瞳には何かを確信した光と、信じられない、否、信じたくないという光が半分ずつ宿っている。
 トルーアに着いてからエナが関わった人物は、宿屋の女将と、この目の前の男くらいだ。正確にはあと八人の女性と会ったわけだが、その誰もが裏社会とはかけ離れた世界に住んでいると見て間違いない。

 「……ちょっと、待って……頭が混乱して……」

 エナは頭を抱えた。
 予期していなかった事実の暴露にエナの脳内はパニックに陥っていた。

 「だから言ったじゃない。見ればわかるでしょ、って」

 「でもでもでも……っ!」

 裏社会に帝王のように君臨すると名高い人物その人が、こんなに軽薄そうでちゃらんぽらんな男だとは、どうしても信じ難い。
 もしかしたら、この男がただ単に想像の中で話をでっち上げただけなのかもしれないとさえ思う。

 「世界一の闇屋【ライフ・ヘルパー】のご指名、ありがとう。エナちゃんみたいな可愛いコがお客さんなんて、ジストさんテンション上がっちゃうな」

 ジストははっきりとエナが呼び出そうとしていた屋号を口にした。

 「どーしよ……今猛烈に現実逃避したい」

 どうしてもこの男が当人だと認めたくないエナは目を泳がせ、何か尻尾を掴めるような質問はないかと思案する。

 「だから、あんなにしつこく声かけてきた?」

 さっきから言ってるのに、とジストが呆れたように苦笑した。

 「それはね、エナちゃんが滅茶苦茶好みだったから。お近づきになりたいなって思ったの。いい加減信じてよ、運命の出会いだよ?」

 エナは慎重に言葉を探す。

 「情報屋、って言ったのは?」

 「表の職業かな。闇屋はそんなに忙しいわけじゃないから。無職ってのは体裁悪いじゃん? ナンパした時とか、結婚相手の親元に挨拶行く時とか? そんなので破談になったら悲しいもん」

 情報屋というのが体裁の良い職業かどうかは甚だ疑問ではあったが、ここで掘り下げようものなら話は手を離れた鞠のように何処かに転がっていってしまうに違いない。
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