闇夜の略奪者 The Best BondS-1
そのとき、エナは見た。
自身の髪だけが視界を彩っていた真っ暗な海中に、ふわりと映りこんだ別のもの。
それは見慣れたものだった。
いつも首からかけて胸元にしまいこんでいる水晶だ。見る角度によって色が変わる無色であり七色である水晶は、一寸先も見えぬような海の中で淡い光を湛えているように見えた。
穏やかな。ただ、穏やかなその光。
――ママ。
それはエナが母親から譲り受けたものだった。
浮かんでくる。強く強く、ただひたすら強かった母親の姿。
脳裏の母は何も言わない。静かに微笑みかけただけだ。
だが、エナの目は優しく緩んだ。
――……そうだよね。
必死に息をして、必死に手足を動かして、そのくせ生きる為に選んだことに死にたいくらい後悔している。
――なんて……なんて馬鹿らしい。
エナは泳ぎを止めないまま、目を閉じて笑みを浮かべた。
自嘲と、諦めの笑み。
時は戻せないけれど、後悔するとわかっている選択をそのままにしておく必要は無い。やり直せることは、今からでもやり直せばいい。
そんな心の在り様を嘲りながらもエナは抵抗を諦める。
――これが、あたしだもんね。
それ以上でも以下でもない、と。エナはしっかりと前を見据えた。
――あいつを、助ける。
意志と共にその言葉を深く心に刻み込む。
そうと決まれば、するべきことは決まっていた。
ゼルが命を落とす前に体勢を立て直し、もう一度あの船へ。
助けると決めはしても、無駄死にする趣味はエナには無い。
後顧の憂いは徹底的に排除する。
その為には一刻も早くトルーアに戻り、あの男に会わねばならない。――深い紅をその身に受ける、底知れないあの男に。
暗く冷たい海の中、エナはただゼルの無事を祈り、泳ぎ続けた。
自身の髪だけが視界を彩っていた真っ暗な海中に、ふわりと映りこんだ別のもの。
それは見慣れたものだった。
いつも首からかけて胸元にしまいこんでいる水晶だ。見る角度によって色が変わる無色であり七色である水晶は、一寸先も見えぬような海の中で淡い光を湛えているように見えた。
穏やかな。ただ、穏やかなその光。
――ママ。
それはエナが母親から譲り受けたものだった。
浮かんでくる。強く強く、ただひたすら強かった母親の姿。
脳裏の母は何も言わない。静かに微笑みかけただけだ。
だが、エナの目は優しく緩んだ。
――……そうだよね。
必死に息をして、必死に手足を動かして、そのくせ生きる為に選んだことに死にたいくらい後悔している。
――なんて……なんて馬鹿らしい。
エナは泳ぎを止めないまま、目を閉じて笑みを浮かべた。
自嘲と、諦めの笑み。
時は戻せないけれど、後悔するとわかっている選択をそのままにしておく必要は無い。やり直せることは、今からでもやり直せばいい。
そんな心の在り様を嘲りながらもエナは抵抗を諦める。
――これが、あたしだもんね。
それ以上でも以下でもない、と。エナはしっかりと前を見据えた。
――あいつを、助ける。
意志と共にその言葉を深く心に刻み込む。
そうと決まれば、するべきことは決まっていた。
ゼルが命を落とす前に体勢を立て直し、もう一度あの船へ。
助けると決めはしても、無駄死にする趣味はエナには無い。
後顧の憂いは徹底的に排除する。
その為には一刻も早くトルーアに戻り、あの男に会わねばならない。――深い紅をその身に受ける、底知れないあの男に。
暗く冷たい海の中、エナはただゼルの無事を祈り、泳ぎ続けた。