闇夜の略奪者 The Best BondS-1


 「じゃ、後よろしく」
 華奢な少女がそう言った時、ゼルは少女が何をしようとしているのかわからなかった。水しぶきが上がる音がして、ようやく状況を理解して唖然とする。
 ――あ……ンのアマ……!
 丸腰で置き去りにされたのだ。
 「せめて剣置いてけよ……!」
 出る声が苦々しくなるのは当然だ。
 死神の異名をとる男が喉を鳴らして笑う。
  「……見捨てられたか……」
 見捨てられた。その言葉にゼルは眉をぴくりと動かした。
 見捨てられるどころか、少女とは何の関係も無い。だというのに何故、この男はそのようなことを言うのだろうか。
 「!」
 ――そうか!
 閃きの下、ゼルは敢えて口元に笑みを浮かべた。
 「信頼……じゃねェか?」
 彼女はごく普通にゼルの名を呼んだ。
 そして、ごく普通に会話をした。
 ――こいつ、オレとあの女が仲間だと思ってンだ……!
 だからあの少女は名を聞いた。
 ゼルの力が及ばずとも、すぐには殺されない可能性を残す為に。
 死神を見た瞬間から一人で逃げることを計算していたのかと思うと眩暈を覚えたが、それでもただ置き去りにされるよりは有り難いと思えた。
 おそらく少女は助けに来たりはしないだろうが、生かされている限り逃げ出す機会はきっとある。勿論、易々と捕まるつもりなど無いけれど。
 「……ふっ。笑わせてくれる。丸腰で信頼とは……」
 心底馬鹿馬鹿しいと思っているのが伝わる、蔑むような眼差しをゼルは一蹴する。
 「はっ! 何言ってやがる。オレは剣士なんだぜ?」
 大鎌の間合いはまだ二歩程外側にある。
 ゼルは動いた。
 死神は微動だにしなかった。
 眠りこけている海賊団員が腰に佩(オ)びていた剣を素早く抜き取ったゼルは低い姿勢で構える。
 「剣なら此処にいくらでも転がってンじゃねェか」
 その言葉に死神は悠然と口角を上げた。
 「……面白い」
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