闇夜の略奪者 The Best BondS-1


 そろそろ、夜が明ける。
 この街にはおおよそ似合わない、しっかりとした木で組み立てられた気品あるベッドの中、それを背凭れにして煙草を燻らせていたジストは、うっすらと白み始めている窓の外へと視線を投げた。
 明けていく空に小さな息を吐く。
 色違いの瞳が脳裏にちらついて、どうしても意識からの乖離(カイリ)を許さない。
 あの少女はどうなったのだろうか。簡単に引くような性格ではなさそうだったから、おそらく一人で海賊団に乗り込んだのだとは思うが、無事に盗みを成功させたのだろうか。
 死ぬには勿体無い面白そうな少女だっただけに、ジストは突き放してしまったことに若干の未練を覚えていた。
 「……ジスト?」
 胸に体を預ける裸の美女が顔を上げて名を呼んだ。
 その声で今此処に他者の存在があることを思い出し、同時に笑ってしまいそうになる。此処が自分の家では無い以上、他者の存在があるのは当然のことだった。
 「ん? どうした、リラ」
 少し首を傾げて豪奢な巻き髪を梳くと、その手の先でリラは眉宇を寄せた。
 「どうした、じゃないわ。今、全然別のことを考えていたでしょう? それも、女のことだわ」
 小さな怒りが込められた声は嫉妬に燃えるような熱さが無い。だからこそジストは喉の奥で笑う。
 「一緒に居る時に他のことは考えないでといつも言ってるじゃない」
 飽く迄も心地良い、気を引く程度の口調にジストはリラの肩を引き寄せた。そしてそのこめかみに軽く口付ける。
 「そう拗ねるなよ」
 それだけで彼女は自分を許す。
 許すという選択肢しか存在しない関係だからこそ、彼はリラと時間を共有出来得えているのだ。許さないということはそのまま、この関係が終わることを表している。
 案の定、リラは逞しい腕の中で困ったようでいて呆れたようでもある顔をした。
 「……珍しいわね、貴方がそんなことを気取られるなんて。一体、何を考えていたのかしら」
 問うておきながら彼女が決して聞きたいと思っているわけではないことを知るからこそ、ジストは敢えて口にする。
 「元気な雌猫、かな」
 曖昧にぼかしたようなその表現も、付き合いの長いリラには正しく伝わる。それを見越した上でジストはそう答えた。
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