闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「らしくないな。なんだ、突然」
 リラは視線を下に落としたまま半身だけ振り向いた。その口元には笑みが浮かんでいる。
 「別に、少し憎いと思っただけよ」
 リラはやはり目を合わせぬままに言を継ぐ。
 「眠いわ。さっさと出て行って」
 ジストは息を吐いた。何に臍を曲げているのかは知ろうとも思わないが、どうせ彼女のことだ。次に会えば何ら変わりなく接してくる。それならば、早々に立ち去るのが最も良いのだろう。
 「……また来る」
 その言葉を残し、ジストは五分袖の薄いジャケットを羽織ってリラの家を出た。
 薄くなった月の欠片が線のようにぼんやりと残る空には雲一つ無い。
 今日も暑い日になるなと思いながら懐中時計に目を落とすと、四時を少し回ったところだった。
 「ああ、もうこんな時間か」
 呟き、ジストは煙草に火を点けて歩き出す。
 その足は影団の停船場ではなくトルーアの中心部へと向かう。
 泥棒少女の動向は気にかかったが、今更探したところでどうなるものでもなかろう。
 泥棒というのは一般的に日が昇ってからするものではないのだから、成功したにしろ失敗したにしろ、生きているにしろ死んだにしろ、もう全てが済んでいる頃だ。情報を収集するだけならば、今だろうが後だろうが大差ない。
 それよりも今はまず、向かうべきところがあった。
トルーアの街の中心には水をくみ上げ、点在する八つの共有井戸への水脈の道筋を作っている噴水がある。
 これからその場所で仕事がある。情報屋ではなく、本職の。
 闇屋に依頼をしてくる以上、無視は出来ない。存在を白日の元に曝していないからこそ、最低限の信頼だけは保持し続けなければならない。内容はどうあれ、客商売であることに変わりは無いのだ。
 ――まぁ、結構美人っぽかったしねぇ。
 ジストは心中でほくそ笑んだ。
 エナの時同様、掲示板の前で見かけた後姿は好みとは言えないまでも、それなりに教養がありそうな立ち姿だった。落とし甲斐は無いが、楽しみ甲斐があるタイプだ。
 リラに追い出されてすぐに考えることとしては最低だが、残念ながら彼は女性関係において限りなく自由な思考を持っていた。
 噴水に陽が当たる頃、とは何とも曖昧な時間設定だがゆっくりと歩いていけば調度良い時間になるだろう。
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