闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 一先ず、あの少女のことは忘れよう、と少年のように薄っぺらな身体と童顔には不釣合いの、ただならぬ意志を持った感情豊かなあの瞳の色彩を意識の隅に追いやり、そこでふと。敢えて追いやらねばならない程にその存在が心を占拠しているのだということに青年は気付き、だから笑う。
 「凄まじいな……」
 それは久しく覚えなかった他者への興味を湧き上がらせる、少女の不思議な引力への感想。特別綺麗なわけでもなく、何かに秀でているわけでもなく。だというのに垣間見た芯は私を見ろとでも言いたげな苛烈にして鮮烈な存在感を秘めていた。
 「いきるため、か」
 少女の告げた言葉を反芻する。
 その言葉が単に生活だけを示しているわけでないことは見て取れた。ぎらついているのとは、また違う。そこに在ったのは弛(タユ)まぬ強さ。
 何処にでも居そうな子だとリラは言った。
 ――果たして、そうかな?
 予想を裏切る存在は彼の好むところだ。想像する枠を飛び越えてこそ、知る価値がある。
 そしておそらくあの少女はその期待に応えてくれる。
 生きていて欲しいと彼は思った。
 つまらない死に方でがっかりさせて欲しくないと思った。
 理解の範疇を超え、自身を翻弄し掻き乱す存在を彼は願っていたのかもしれない。
 そしてそれは現実となる。
 噴水前に着いたジストは周囲をきょろきょろと見回した。
 東通りでは既に朝市の準備が行われている頃だろうが、この中央通りまではまだ人が出てきていない。水の流れる音と風だけが動いている光景。まだ、依頼主の姿も無い。
 ジストは噴水の縁(ヘリ)に腰掛けて依頼主の気配を探ることにした。
 相手からしてみれば、闇屋がどんな姿をした人間なのかもわからないのだ。だいたいの依頼者がしばらく何処かで様子を窺ってから姿を現す。ただ、闇屋を良く思わない組織のスパイなどが依頼してきた場合、姿だけを見て逃げるなどという場合がたまにある。
 それを許さない為に彼は気配を探り、こちらからも依頼主を特定する。
 何らかの意思を持って見ている限り、そこには消せぬ意識の糸とでもいうべきものが存在するのである。勿論、それを感じることは誰にでも簡単に出来るようなことではない。神経を限りなく研ぎ澄ますことが出来る彼だからこそ可能なことだ。
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