闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 ――だが。研ぎ澄ました神経には過剰すぎる、けたたましい幾多の音が耳に飛び込む。
 聞こえる男の怒声に何事だと顔を上げ、声のするほうを見遣りながら立ち上がった。
 と、そこには。
 「!!」
 そのけたたましい音の先頭に居た人物の姿を認めた瞬間、ジストは目を瞠った。
 体に電流のようなものが走り抜ける。
 「ジスト!」
 記憶に新しい、低くなく高くなく幼さの残る張りのある声が名を呼んだ。
 ――やはり、生きていた。
 その声に、その姿に、その瞳に、その存在に。彼はそう思い歓喜した。
 思えばこれが、この少女に名を呼ばれた最初だった。
 朝陽を一身に浴びながら全速力で走ってきた裸足の少女が、その勢いのままに破顔しながら彼の腕目掛けて飛び込んできたのを受け止めてジストは苦笑する。
 「ジストさんを、謀ったね?」
 このタイミングでこの場所に彼女が現れたのは偶然などではない。それを悟り、ジストは今更意味の無い確認をそれでも口にした。彼女が何と答えるのかを知りたかったのかもしれない。
 少女は――エナは眩いほどの笑顔を浮かべたままで頷いた。
 「美人の依頼なら、絶対に来ると思って」
 だからわざわざ代理人を立てて掲示板に書き込ませたのか。書き込んでいる姿をジストが見ていることを見越した上で。
 小賢しく、用意周到な女だ。それがまた彼を上機嫌にさせる。
 「巻き込む気?」
 「そ。無理矢理にでも、ね」
 魂胆を隠そうともしないエナが逆に小気味好い。
 「いい性格してるね、エナちゃん。でも、男連れってのはいただけないな」
 エナから遅れること五十メートル余り。数人の男たちが武器を振り回しながら走ってくる姿を見てジストは茶化すように首を竦めた。
 「ああ、アレ? 撒けると思ったんだけど、案外しつこくて」
 おおかた、停船場所からトルーアの間を根城にしている盗賊にでも絡まれたのだろう。
 エナはジストの袖を引いた。
 「ね、用件は一つ。――依頼、請けて」
 それは心底真摯な眼差しだった。簡単には無視出来得ぬ熱の篭ったそれから逃れるようにジストは敢えて軽い口調で応じる。
< 46 / 115 >

この作品をシェア

pagetop