闇夜の略奪者 The Best BondS-1


 きりきりと上半身が痛む。
 「くっそ、ご丁寧に鎖ってオイ……」
 船の支柱にロープどころか鉄の鎖で縛り付けられたゼルは体を捩りながら不平を吐いた。
 支柱が何の手当ても施されぬままの背中の切り傷を圧迫し、止血の役目を担ってくれているのは不幸中の幸いといえるが、これではどうあっても逃げられない。
 ――……助けには来ねェ……よな。
 脳裏に少女を浮かべてゼルは思う。
 『捕まらないでよ、面倒だから』
 まるで捕まったなら助けに来るかのような言葉だった。
 彼は別段、人の言葉を鵜呑みにするほど人間を信用しているわけではなかったし、あの言葉がゼルを死神に仲間だと思わせるためだけの発言だということも理解していた。
 だが、どうすることも出来ない現状は彼に少女が助けに来るという僅かな希望を抱かせた。丸腰のゼルを置いて逃げるような少女の何処に希望を抱けるのだと言われればそれまでなのだが。
 ――……でも、真っ直ぐな目をしてやがったんだよな……。
 真っ直ぐに見据えるあの瞳は一遍の翳りも無く、人を貶めたり裏切ったりするような人間には見えなかった。
 ただ自分の思ったことを貫く強い意思だけがそこにはあって。迷いも恐怖も、何もない。
 だから、思う。助けに来るのではないか、と。
 けれど、思う。もっと大事な事があった時、あの少女はいとも簡単に周囲を切り捨てるのだろう、と。
 その方が良いのかもしれない。あの少女に死神という異名を持つ男と戦えというのは酷な話だ。
 「何をぶつぶつ言っている? 神にでも祈っているのか」
 船首の方に居た死神が振り返った。太陽の中でもその存在は混沌とした闇でしかない。動くことを拒み揺蕩(タユタ)い続ける虚空。
 「祈るなんざ、趣味じゃねェ」
 吐き捨てるように口にした言葉に死神は眉を俄かに動かし、流れるような動きでゼルの前に立った。そしてゼルを見下ろし暗く笑う。
 「愚かにも神を愚弄するか」
 ゼルは片目を細め、斜に見上げた。
 「アンタみたいなヤツでも信仰心はあンだな。神は何もしちゃくれねェぜ」
 言った刹那。
 「くっ!」
 ぐわんぐわんと脳味噌が揺れる。死神に頭部を蹴飛ばされたのだと理解するまでに多少の時間を要した。
 噛んだ舌から広がった鉄の味をゼルは唾と一緒に吐き出した。
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