闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「神は私に力を与え給うた。神を必要とせぬ程の力を、な」
 両手を広げて天を仰ぐ死神を嘲笑う。
 神に力を与えられたと言いつつも、神を必要とせぬという。その矛盾を笑わずして何を笑う。
 「神ってなぁ誰も何も救わねェくせして不公平なンか。笑っちまうな」
 「其の何が悪いというのだ。神が必ずしも正義である必要などなかろう」
 曲がりなりにも神の字の異名を持つ死神は愉悦に満ちた表情で泰然と言葉を紡いだ。
 「そりゃあ、テメェの悪事を正当化してンのかよ?」
 如何な賊の情報に疎いゼルでも、影団の噂は耳にしたことがある。
 冷酷無比、残虐非道。彼らを表す言葉はそれ以外無いと聞く。
 「……立場を弁えた方が良いのではないか?」
 眉一つ動かすことなくゼルを蹴り上げた死神は口元だけを歪めて笑う。
 ゼルもまた、口の端から血を流しながらも挑発的に笑みを返す。
 「はっ! どんな立場だって?」
 「お前の命を握っているのは私だということだ」
 ゼルは馬鹿馬鹿しい、と鼻を鳴らす。
 「オレの命を握ってンのはアンタじゃねェ。アイツだ」
 その言葉に死神は喉を鳴らした。くつりと鳴る声だけで日が少し翳ったような気になる。
 「成る程。あの娘が現れた時がお前の最期……。ある意味、正しいと言えような」
 そして死神は視線をふと林の方へと投げた。
 そこには立ち上る、桃色の煙。
 「ああ、狼煙があがった……。分を弁えぬ者が、また一人……」
 淡々とした声が降る。感情の篭らぬ声だというのに微かな憐れみが覗いた気がしてゼルはちらりと視線を上げた。
 だが、そこにあるのはやはり無表情なままの姿。
 「嬉しいか、名も無き剣士よ。冥府へは連れ立って往くが良いぞ」
 「じゃあ、あれは……」
 あの少女が再び現れたと、そういうことなのだとゼルは気付いた。
 ――来やがったのか……。
 それは何とも言えぬ感情だった。喜怒哀楽のどれもそぐわないようで、全てを内包しているような妙な感覚。
 死神以外の全ての人間が出払っているところを見ると、少女が戦うことになるだろう人数は余りに多い。此処まで辿り着くことなく果てるだろう。
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