闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「殺すには少々惜しいが……お前にはもう無理だろう。覚悟は良いな」
 何が、と問い返すことは出来なかった。
 何故なら。死神の言葉を突如切り裂いた年若い少女の声があったから。
 「させない」
 同時に掌ほどの大きさの短剣が一振り、何処からか凄まじい勢いで飛んできた。
 それは真っ直ぐに死神を狙う。
 死神が流れるように後退り背中に背負っていた大鎌を手に短剣を叩き落した時、ゼルの横を一陣の風が通り過ぎる。
 空高く吹くような、きらきらとした風――が、弾ける。ゼルの首目掛けて大鎌を振り切ろうとした死神の前で、金属同士が合わさる音と共に。
 そこには眩く輝く三節棍で大鎌を受け止めた少女が堂々と君臨していた。
 目を瞠るゼルを尻目に少女は華奢な腕で大鎌を押し返す。死神は眉を少しあげて一歩退き、改めて大鎌の柄を利き腕の肩に置いた。隙が無い立ち姿を見ると、これが死神の構えなのだろう。
 少女はゼルの前で背筋を伸ばした。潮風が少女の黄色い髪を揺らす。見えた横顔は真っ直ぐに死神を見据えていた。凛とした佇まいが死神の支配する深く重たい空間を染め変えていく。
 「お待たせ。つか、ホントに捕まる? 怪我まで負って。この間抜け」
 死神から視線を逸らすことなく彼女はさらりと毒舌を吐いた。丸腰で置き去りにしておいて間抜けとはどういうことか。
 だがゼルの口から滑り出たのは別の言葉。
 「……なんで来たんだ」
 来るなどと本気で思っていなかった。だから問う。
 「決めたから」
 即答の声から溢れ出るのは自信か意志か。少女の口元には、それを象徴する笑み。
 「あたしが、決めたから。此処に居るの。悪い?」
 生意気とさえとれる声音に憧れを感じたのは何故だろう。
 人が簡単に失ってしまえる何かを彼女は確かに持っていた。
 「……あの数の中、如何様に?」
 死神が眉を寄せて問うた。狼煙があがってから、まだ三分と経っていないし追ってくる人間の気配も無い。死神の問いはゼルの問いでもあった。
 「地獄までも共に行こうと言ったの」
 それは答えというには到底呼べない、謎掛けのような不明瞭な言葉。
 だが死神は半眼を閉じ、喉を鳴らした。
 「地獄か……。娘、名は?」
 少女は炎を宿した瞳で、にっと笑った。
 「エナ。エナ=D=アイズ!」
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