闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 知名度など無いも同然だというのに、エナも死神も知っているのは余りに不自然だ。お陰で芽生えた不安はどんどん大きく育っていく。
 「暢気なものだ。貴様の出身地は……」
 「っ! 言うなっ!」
 エナの制止の声を嘲笑うかのように、死神は無情にも言を告(ツ)いだ。
 「私が滅ぼしたというのにな」
 呼吸が止まり、沈黙が降りる。理解に時間が掛かったわけではない。聞いた瞬間にも理解出来てしまったからこその沈黙。
 「オ、マエ……が……?」
 顔から血の気が引いていくのがわかった。頭が一瞬にして冷たくなり、冷や汗が噴き出る。
 「なかなか殺し甲斐のあった少年が居た。貴様と同じ、隻腕の、な」
 ゼルの目の前が真っ赤に染まる。
 殺し甲斐があったというのは、この男に抵抗し得る人物だったということだ。
 そんな人間をゼルは一人しか知らない。
 「……オマエ……ロウに……オレの弟に何をした!」
 わかっている。死神の口ぶりからして、その存在が既にこの世から消えていることなど。
 それでも微かな望みを信じたかった。
 「隻腕の不自由な姿を見るのは不憫だった……」
 遠くを見る死神の口元には歪んだ笑み。
 「五体全て斬りとって地へと還した。他の兄弟達と共にな。せめてもの慈悲だ」
 脳裏にふわふわの薄茶色の髪と大きな焦げ茶色の目をした少年の笑顔が浮かぶ。
 唇が戦慄(ワナナ)いた。
 弟妹の顔が次々と浮かんでは消えていく。
 「馬鹿! 駄目! 呆けるな!」
 少女の声がどこか遠く聞こえた。
 一切の音が遠ざかる。
 時間の感覚さえも……。
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