闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 死神の腿から布を切り裂いて血が飛ぶ。柄を地面に付けはしたが、死神の足はしっかりと地を踏みしめていた。
 「ほぉんと、どいつもこいつもわかってねぇなあ」
 甘く低く響く緊張感の欠片も無いその声にエナは安堵した。それは短く息を吐くことで形になる。
 「何奴……!」
 三対の瞳の先には血生臭い雰囲気を諸共しない笑顔を浮かべながら片手で銃を構えている男の姿。言わずもがな深紅の青年、ジストである。
 「女は可愛がるもんで、虐めるもんじゃなぁいの。……おっと、動かないでね」
 舌でちろりと妖艶に唇を舐めて彼は言った。後半の台詞は死神に向けられたものである。
 銃の照準を死神に合わせたまま、ジストはエナの元に歩み寄る。
 「遅くなってごめんね。ついつい遊んじゃって」
 そう言いながらジストはもう一方の手で持っていた、血の染みがついた荷物をエナの前に置いた。あ、殺してないよ、という弁解も添えて。
 「……やはりまだ仲間が居たか……」
 銃を向けられながら実に淡々と死神は言った。
 「仲間なんて色気の無い言い方はやめて欲しいな」
 小首を傾げて何処までもふざけた物言いしかしないジストはちらりとゼルを見下ろす。否、見下す。
 「やっぱりエナちゃん、男の趣味悪ーい」
 この期に及んでそんな台詞を口にするジストを趣味だと言うよりはよっぽどマシだと思わないでもなかったが、彼の功労に免じてその言葉は呑み込んだ。ゼルにしてもいい気はしなかっただろうが、復讐に囚われている彼にとってそんなことは二の次で。
 「なんだかよくわかんねェけど、アンタ、この鎖解いてくンねェか」
 目を憎しみに赤く染めたまま言うゼルに他意が無いのは明らかだったが、その言い方がどうもお気に召さなかったらしい。
 「恋敵の頼みなんざ聞ぃかない」
 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く様はまるで子どもだ。
 「ジスト」
 名を呼ぶと、彼は顔をぱっと輝かせた。
 「うん、なに!?」
 ジストさん頑張ったでしょ、褒めて褒めて、と不必要に期待が込められた目にエナはにっこりと笑う。
 「ちょっとそのまま、そいつの相手よろしく」
 親指で死神を指すと彼は大仰に目を見開いて声をあげた。
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