闇夜の略奪者 The Best BondS-1
 「……ほんとはゼルの気持ち、少しわかるよ」
 ゼルの中に今渦巻く感情がどれほど大きなものかは、わかる気がする。
 愛する人を失った痛みと悲しみ。
 もう戻らない、甘美な過去への絶望と渇望。
 それを為した者への怒り。
 そして、自分への怒り。
 一人で抱えるには持て余してしまう悲しみと絶望を彼女もまた知っていた。その怒りが最終的に自身にではなく復讐という名の下で加害者に向けられることも。
 「でも、今のあんたじゃ、犬死に以前」
 「……ンなのやってみなきゃわかんねェだろ!?」
 エナは頭を振った。
 ゼルがどれほど願えども復讐を果たすことなど不可能なのだ。
 「ねぇ、ゼル。これは……エディ、だよ」
 吐息に乗せて囁くような言葉にゼルが息を呑んだ。
 「あたし、あんたに死んで欲しくない。もう無い命より、あんたの方があたしには重要なんだ」
 妖刀エディが人の血肉を喰らうと云われている理由。
 それはどれほど血を浴びても刀身が錆びることが無いことと、もう一つ。
 エディは意志を持って使い手の憎しみをその身体ごと喰らうのだ。
 使い手を選んでいるのではないかと実(マコト)しやかに囁かれている所以はそこにある。
 今のゼルに、エディは必ず牙を剥く。
 「ごめん、ね。でも、生きて。ゼル」
 とうに無い見知らぬ人間の命より目の前の命を大事に思うのはエナ自身のエゴだ。そうと知るからエナは謝る。どうしてもそこだけは譲ってやれないから謝るのだ。
 「あんたの今日は、まだ続いてる。だから生きて」
 ゼルは顔を苦しそうに顰めて俯いた。その心情を慮ることはエナには出来ない。
 「……弟が」
 やがてゼルはぽつりと言葉を漏らした。
 「ロウが片腕を失ったのも、地雷地帯に入ろうとした子どもを助ける為だった」
 それはエナに聞かせる為というよりも、彼自身の内側へと向けたもののようだった。
 「けど……あいつ、笑ってたんだってよ。オレへの恩を返せた気がする、って。これで同じ土俵に上がれる……って」
 その言葉でエナはゼルの過去にあったことを察した。腕を失った経緯も、ロウという少年とゼルの間にあった絆も。
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