坂井家の事情
響の拳が悠太の股間を直撃したのだ。

つま先から脳天まで、電流が走ったかのような痺れと激痛が身体中を駆け巡った。言葉では言い表せないほどの痛みである。

「悠太君、大丈夫!?」

「悠太兄ちゃん?」

脂汗を流しながら動けない悠太を心配して、遥香が駆け寄ってきた。背中も擦ってくれている。

律もきょとんとした表情で、膝の上から顔を覗き込んでいた。

「わー、ししょーの言った通りだ! ホント悠太弱いなぁ」

一方響は何故か嬉しそうに、周りでピョンピョンと飛び跳ねている。

「な……に?」

悠太は痛みを堪えながら顔を上げた。声も少し出せるくらいには回復してきているようだ。

(ししょー……さやかのことか。でも何でさやかがここで出てくるんだよ)

男なら強者に対しては、誰でも一度は憧憬の念を抱かずにはいられないだろう。

ご多分に漏れず響がそうだった。

さやかが悠太を負かす場面を何度も目撃しており、兄より強い彼女のことを慕うのは当然の流れでもある。

徐々に痛みの引いてきた悠太は思いっきり深呼吸すると、縮めていた身体をゆっくりと起こしていった。

そして顔を響の目線に合わせ、改めて訊いてみる。

「さやかが何て言っていたんだ?」

「うんあのね。悠太に勝ちたいなら、チンコ殴れば一発だよって」

それは実に5歳児らしい、無邪気な笑顔だった。

(アイツ、響に何教えているんだよっ!)

憤りを感じていた。

自分がこのようなことで倒れるのが凄く恥ずかしくて、凄く惨めな気持ちである。

それも遥香の目の前なのだ。

好意を寄せている女性の前では男として、情けない姿を見られたくはない。

(くっそーっ、明日ぜってー文句を言ってやる!!)
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