胡蝶蘭
チャイムを鳴らす指が震えた。



なんで震えんだ。



自分を叱咤する。



普通に、今まで通りに。



ひとつ深呼吸をした直後、慎吾が顔を出した。



「……何の用?」


「あ…。」



目つきが悪い。



今まで隣で見てきたが、それが自分に向けられると身体を竦んだ。



「久し振りだな。」


「久し振りもなにも、お前が飛び出してったんだろ。
何の用?」


「えっと…。」



何の用と言われては…。



世話になろうと押しかけたが、とてもそんなことを頼める雰囲気ではない。



誓耶はここに来て帰る台詞を考えてこなかったのを後悔した。



「帰るよ。」



そう言うのが精いっぱいだった。



背中を向けた瞬間、泣きそうになる。



こんなに距離が開くなんて、思ってもみなかった。



慎吾は、自分が何をしても受け入れてくれるとタカを括ってた。



…馬鹿だなぁ、自分。



やっぱり家に帰るか。



顔を上げて悲鳴を上げる。



いつの間にか、慎吾が誓耶の前に立っていた。



「なんで…ッ!?」



さっきまで後ろにいたのに。



「お前の動きがトロいんだよ。
何の用?
泊めろって?」


「いや…。」






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