胡蝶蘭
オネガイ
厚かましい頼みごとだとはわかっている。
それはもう、十分に。
でも、その上でどうしても飲んでほしい頼みだった。
…だから、誓耶は今このアパートの前にいる。
大きく深呼吸をすると、肺に冷たい空気が入ってきて、身震いする。
誓耶は強く拳を握った。
頼む、助けてくれ。
くるりと後ろを向いて駆け出したいのをこらえて、誓耶は一歩踏み出した。
消極的な気持ちをかき消すように、強くドアをノックする。
しばらく待つと、ジャージ姿の男が顔を出した。
ダルそうな顔が、一気に訝しそうな顔になる。
誓耶は相手が話し出す前に、口を開いた。
「今日は頼みごとがあってきた。」
なんだ、とイツキは頭を掻く。
「中、入るか?」
「いい、ここで。」
長いすると結局話を持ちかけられずにすごすごと帰ることになりそうだったので、誓耶は首を横に振った。
「いいけど。
風邪引いても知らないぞ。」
「いいよ。」
「で、なんだ?」
イツキは大きくドアを開け放し、柱にもたれかかる。
寒そうに身を縮めていた。