観念世界
そのときです。ふいに名前をよばれた少女は振り返り、その方と目があったのです。
それですべてがわかった少女は、なつかしいような、おそれるような態度でその方にいいました。
「あなたでいらしたのですね。わたしが生きているあいだずっと、おみまもりくださった方は。」
その方はやさしくほほえむと、少女に手をさしだしました。しかし少女はその手にふれられず、ひざをつくとこういいました。
「なんということでしょう。わたしはあなたさまにこんなにしあわせにしていただいたのにあなたさまのことを何も、名前すらぞんじあげておりません。ごぶれいをおゆるしください」
ふるえながらかしこまる少女のそのようなようすをみて、その方はやさしく少女の手をとりました。そしていつくしむようにこういったのです。
「大切なことはわたしのことをどれだけしっているかじゃない。あなたは名もしらぬわたしをこうしてずっと信じてくれていたでしょう。」
その言葉をきくと少女はほっとしたように顔をあげ、その方にすべてをあずけ幸せそうにあるいてゆきながら、この方を信じつづけてよかったな、と思ったのでした。
≪おわり≫