月の恋人
◆
―――… あ…りえ、ない。
ほかほかに温まった体を
ふかふかのバスタオルに包んで
あたしはひたすら
「ありえない」と、呟いていた。
ネコ足のバスタブ。
見たことも無い
横文字が書かれたシャンプー類。
高級ホテル仕様のバスタオル。
……バスルームだけじゃない。
落ち着いてタケルさんの家を見渡すと
調度品はすべてアンティークで統一されていて、どこもかしこも生活感がなくて
まるで、
海外のリゾートホテルのようだった。
「なんなの、これ…」
うちだってそれなりに裕福で大きいけど
たとえば、田舎の庄屋さんと都の宮殿くらいの差を感じる。
いったい、何者なんだろう、あの人…
頭に“?”マークをいっぱい浮かべながら浴室を出ると
転がるように軽やかな
ピアノの音が耳に飛び込んできた。
―――… ピアノ?
雨粒が鍵盤を叩くような…この曲は
ショパンの―――――…
「――…“雨だれ”…」
そう、声にした瞬間
「――… 正、解 」
タケルさんの手から生み出されていた雨が―…、やんだ。