手と涙 〜婚約者はピアノ講師〜
(知ってる………

そんなの、

私が一番知ってる………。)




柚香はツンと鼻に上がってくる感情を

ごまかすかのように立ち上がった。



「私、ちょっとトイレ」


「なに、喰いすぎて腹痛いのか?

なんならついて行ってやろうか?」



「アンタじゃあるまいし。


一人で行けますっ」



柚香は涼太にベーっと舌を出して

パーティーバッグを手にすると席を立った。


涼太にはバレなかったものの

出入口の扉を

式場スタッフが開けてくれた時には

目元が熱くなり

視界が揺れた。



(私が勝てないことくらい


・・・・・・ちゃんと知ってる)



柚香は軽く頭を下げながら

ボーイの横を通り過ぎると

何かから逃れるように中庭へと足を向け、

歩みを早めた。

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