世界を敵にまわしても


今日の朝、菊池さん達に囲まれる先生を見た時に感じた、確かな距離。胸がチクリと痛んだ理由。


あたしは多分、放課後の先生の方が身近に感じるんだ。


そしてあたしは、他の生徒よりも近くにいると思ってる。


いたいと思ってる。



「ありがとう、先生」


スルリと出た言葉に先生は動かしていた手を止めて、あたしを見つめる。


今日はずっと、お礼を言いたかったんだ。


「昨日、家に来てくれて。成績表を持ってきてくれて。母に色々言ってくれて……ありがとう」


きっと何回言っても足りない。先生が目元に微笑みを帯びる度、思い出す。


「俺はただ、見せなきゃ勿体ないと思ったから。成績表を家に届けて、お母さんに挨拶しただけだよ」


それ以上の理由はないと言うように、先生が優しさを隠す度に思う。笑顔で、伝える。


「ありがとう先生。本当に、ありがとう」


あたしが微笑むと、先生は目を丸くして徐々に視線を逸らしていった。それはもう、不自然過ぎるくらいに。


「いや、だからね……俺は担任でもないのに自慢したかっただけで……あぁ今は担任代理だけどそうじゃなくて……」

「先生、照れてるんですか」

「照れてません」

照れてますね。


いつもはポンポンと言葉が出て来るのに、この時の先生は口を噤んで、何かを噛み締めてるようだった。
< 88 / 551 >

この作品をシェア

pagetop