レモンドロップス。

陽斗の手を握ったまま、どれだけの時間が過ぎたんだろう。

気がつくと日はすっかり落ちていて、病室の外は薄闇に沈もうとしていた。


「陽斗、とにかく今はゆっくり休んで。たくさん眠ってね。」

あたしはそう言いながら、陽斗の柔らかい髪の毛をそっと撫でた。

陽斗はなんとも言えない、さみしそうな、乾いた目であたしを見つめた。


そろそろ帰るね、そう言おうとしてたけど、その目を見てしまうと、思わず動けなくなった。

陽斗は意外なほどの力であたしの手を握り、離そうとしない。

――『まだ行かないで』

そんな声が聞こえて、あたしは胸がキリキリ痛むのを感じた。

こんなにさびしそうな陽斗、見たことない。




「陽斗・・・、あたしまた明日も来るから、だから・・・」

どうしよう、帰らないわけには行かない。

でも、この冷たい病室に陽斗を残していくのが悲しくてたまらなかった。

その時、ポケットの中のお見舞いの品を思い出した。


「陽斗、あたしお見舞いを持ってきたの。まだもしかすると食べられないかもしれないけど。」

そう言いながら、花が生けられた花瓶の横に『お見舞い』を並べる。

陽斗はそれを吸い込まれるように眺めた。



レモンドロップス。

あたしたちの、大切な思い出の味だ。



「またそれかよ、って言わないでね。」

ポケットの中の最後の一粒を出して、わざと見せびらかすように、あたしはドロップを自分の口に放り込んだ。

「早く一緒に食べよう。」

陽斗は嬉しそうに、何度もうなずいた。

じんわりとした笑みが浮かんでいる。


握っていた手を離すと、今度はあたしの唇をそっと撫でた。

――『ありがとう』


あたしはゆっくり陽斗の唇にキスをした。

レモンの香りがあたしたちを包む。


ここからまたあたしたちは始めるんだ、そう信じた夜だった。



< 180 / 285 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop