レモンドロップス。
「逃げないで、ってどういうことですか・・・?」
「自分は、ずっと逃げていたと思います。今の妻と結婚するまでの間、自分の家庭のことから目をそらしていた。前の妻が亡くなって今の家庭がギクシャクしてからは、仕事を言い訳に、まともに向き合ってきませんでしたから」
また浮かんできた、苦悩の影。
それでも倉本さんは、あたしから目をそらさなかった。
「前の妻のことを忘れたことはありません。でも、普段は思い出さないようにしているのも事実です。年に一回だけ、彼女と生きたことを思い出す日を除いて」
「それは、あの命日のことなんですね?」
「自分にとって、あの日は忘れることのできない日です。自分の心に突き刺さった十字架です。それを確認するのは私にとって義務であり、彼女や陽斗に対する責任でもあると思っていました」
ふいに倉本さんは暗い笑みを浮かべた。
「でも、それは私の自己満足でしかないんですよね。陽斗の心に重荷を増やしただけだった・・・」
あたしは返す言葉を見つけられなかった。
確かに、あの命日をきっかけに、陽斗の心は決定的に壊れてしまった。
でも、2人とも自分なりのやり方で過去に向き合おうとしていただけなんだ。
ただ果てしなくすれ違っていく、二つの心が悲しく思えた。
「私はもう、あの子に会うことは許されないかもしれない。それでもいい、一生影のような存在でいいから、あの子を支えたいと思ってます」
覚悟の言葉は、しんとしたカフェの中で凛と響いた。