レモンドロップス。

あたしもあわてて頭をぺこりと下げると、

「じゃあ、さようなら」

倉本さんはゆったりともと来た道を歩き始めた。


どんどん小さくなるその背中。

夜の澄んだ空気に靴音が響く。


「あのっ・・・!」


あたしの叫んだ声が、家や道路に思いがけない大きさで反響した。

びっくりしたように目を丸くしたまま、倉本さんが振り向いた。


「あの・・・、目の前にいる人たちを、大切にしてあげてください」

思わず口をついて出た言葉は、白い息になって闇に溶けた。


倉本さんは黙ってあたしを見つめている。

その頬が、かすかに赤く染まっているのをあたしは見た。

そしてまた深々と頭を下げた。

さっきよりずっと長く、何秒も、何十秒も。


そして今度こそ、振り返らずにまっすぐ歩いていく。



その背中を見ているうち、あたしは突然ある思いが浮かんだ。


―――倉本さん、あたしの恋のかたち、なんとなく分かった気がします。

―――それは雨です。

―――思いがけなく降り注ぎ、隅々まで優しく浸透して、そしてその水は、あたしの力になるんです。


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