レモンドロップス。
「だからあいつもわがまま言えなかったのかもしれない。怪我してるくせに遠慮して、俺も遠慮させて、情けねえよ」
乾くんは吐き出すようにそう言うと、一呼吸置いてからやっとあたしの方を見た。
「あいつが遠慮しなかったのは、彩香ちゃんだけかもな」
その目元にはいつもの柔らかさが一瞬戻っていた。
「なにそれ、いきなり泣かせないでよ・・・・・・」
「いや、そういうつもりじゃなくてさ、ただ感想として」
「もう遅いよぉ」
戻ってこない、もう戻れない。
あたしも気づけなかった、陽斗の気持ち。
乾くんの一言があっけなく、あたしの前に素の陽斗を出現させた。
優しくて、マイペースで、さみしがりだった陽斗を。
「彩香ちゃん、ちょ、泣き止んでよ、俺が泣かせてるみたいじゃん」
「ごめ、ご、め、ん」
乾くんの怒りはいつの間にか吹き飛んでいて、あたしの涙はなかなか止まらなかった。
焦り顔の乾くんは元の人懐っこい男の子だ。
周りの人たちはビックリしたように、呆れたようにあたしたちを見ていたけど、陽斗がいなくなって、初めてあたしはほんのりとした暖かさを感じていた。
「あいつが戻ってきたら、マジ殴るよ」
2人で教室に戻る途中、乾くんは鼻息荒くそう言った。
「え?」
「ひょっこり戻ってきそうな気がするんだよ、あいつはさ」
「そう、かな」
乾くんは教室の前で立ち止まると、
「あいつは陽風の音楽を忘れたりしない、俺はそう信じてるから」
「あたしも・・・」
あたしも信じてるよ。
そう言いたかったのに言えなかったのはなぜだろう。
「俺は体を鍛えて、ギターうまくなって、あいつの左手の代わりしてやる、今決めた」
いい男だなあ、教室に戻っていく乾くんの背中を見ながらあたしはしみじみとそう思った。
教室の中で、菜美に声をかけているのが見えた。
「よし」
あたしはそのまま自分の教室に向かった。