天使と野獣
「どうしたのだ。あいつが落ちるところを見たのか。」
屋上へ上がった京介は、その場にしゃがみこみ、怯えたように
涙を流している女子生徒に声をかけた。
学校では全く無口を通している京介だが、
こういう場面になれば雄弁になる。
クールな面だけではなく、
優しい態度も持ち合わせているようだ。
その証拠に、小刻みに震えながら泣いている女子生徒を
優しく抱しめている。
女子生徒もそれが安心出来る事のように、
京介の胸で泣いている。
他の足音がして、大勢の人の気配を感じると、
女子生徒は慌てて京介から離れた。
「大丈夫か。」
人の事には無関心の京介のはずだが、
今の関心事はこの女、と言わんばかりに、
自分の腕から離れた女に
まだ優しい口調で声をかけている。
「すみません… ありがとうございます。」
「何があったのだ。」
礼までは言ったが、
女子生徒はその質問には怯えた顔をするだけでうつむいてしまった。
「酒井さん、大丈夫。何があったの。」
駆けつけた女性教諭が声をかけて来た。
「俺はその階段を上ってきたが、
向こうの階段から下りて行く奴を見なかったか。」
京介は、その女は担任に任せた、と言う顔をして立ち上がり、
周囲を取り囲んでいる学生達に問いかけた。
一瞬しか見なかったが、落下した学生は即死に見えた。
この女の怯え方から推測できるのは、
二人でいて何かのはずみで落下、の事故死と、
第三者がいてそいつが突き落としたという殺人だ。
そう思って聞いてみたが誰も不審者を見ていなかった。