Time is gone


 旧コマ劇場横の、安さだけが取り柄の居酒屋に入り、取り合えず生で乾杯した。五月も終わりに近づく今日この頃、梅雨を前にして暑さも増してきた。乾いた喉を潤すほどよい刺激が、最高に美味い季節が訪れる。
「今月のインセンティブはどうだった?」
 乾杯の音頭の後、友雄は不意に切り出し、俺は首を横に振って答えた。その表情に、恥じらいや無念などという感情は含まれていない。諦めという、無気力な感情があるだけで。
「そうだよな。俺もノルマを達成するだけで精一杯だよ。この不景気に、あんな高いだけの教材を買うバカはいないっつうの」
 友雄の声にもまた、諦めと言う感情しか含まれていなかった。
 俺たちの勤める会社は、小中高生を対象とした教育用教材を扱っている。二人は共にその営業部に所属していた。日々様々な家庭を訪問し、ただ高いだけの教材を買う、〈バカ〉を探しているのだ。
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