幕末異聞―弐―
「いえ、本当に些細な事なのでお気になさらず。では、失礼「山崎君」
深々と畳に向けて頭を下げ、立ち上がろうと膝立ちになった瞬間、土方の体が文机から離れた。
「その…なんだ?今は暇だから聞いてやってもいいぞ?」
体は山崎に向けているが、完全に目が泳いでいる。山崎は心の中で密かに笑う。
「いえ、いいんです。その書類の山を見る限り、どう見てもお暇ではないでしょう?」
土方の反応を楽しむように山崎は更に追い込む。そんな山崎の黒い内面に気づくことなく、土方は何か言いたそうに口を開閉していた。
「いや!暇だ!!」
「そうですか。では今夜はもうお休みになってはいかがですか?」
「眠くない!」
「あ…さいですか」
信じられないくらい頑なに本心を言わない土方。逆に、からかっていた山崎の方が折れてしまった。一呼吸置いて、山崎は土方の射抜くように鋭い目を見る。
「半刻ほど前、赤城と沖田組長が屯所を出て行きました。どうやら、仏光寺通を下っていったようです」
「何だと?!!」
燭台に点された炎が激しく左右に揺れ動く。声を荒げた土方を気にする様子もなく、山崎は先を続ける。
「あの辺りで二人が向かいそうな場所と言ったら…」
「壬生寺か」
山崎は無言で頷く。土方は何かを考えているのか、目を閉じて沈黙した。
「山崎君」
「はい」
「壬生寺に行く」
眉間と額に皺をこれ以上にないくらいに刻み、土方は横置きに置いてある愛刀を腰帯に差した。
「近藤さんには何も言わないでくれ」
それだけ言い残すと、ろくに返事も聞かず、土方は部屋を飛び出していった。
「確かに承りました」
開け放たれた襖から聞こえる荒い足音に向けて、山崎は一人ぽつりと返事をした。