幕末異聞―弐―
「あんた専用の気付け薬や。好きやろ?血の匂いが」
楓の肩に担がれた大太刀には僅かに鮮やかな赤が散らされていた。
「く…ふふふふ」
俯いて小刻みに震えながら、沖田は慣れた所作で刀を鞘に収めた。楓も、血払いをして刀を鞘に収める。
「ええ。大好きです」
再び抜刀術の構え。しかし、さっきと決定的に違うのは沖田を取り巻く空気。
何の混じりけも無い、正真正銘の殺気。そこに慈悲や躊躇いなどの感情は存在しない。
――目の前のモノが息絶えるまで戦う
彼の中にあるのはその言葉ただ一つだった。
「鬼の子の異名に偽りなしか。ありがたいことや」
ビリビリと伝わる殺気を感じ取り、楓の顔は実に生き生きとしていた。
入隊前に屯所で対峙したあの日から、楓はいつか再び、本気の沖田と真剣勝負したいと望んできた。その望みが今実現したことに楓の体は武者震いしていた。
「死ぬ前に何か言うことは?」
いつもの楽し気な声や、おどけた様な態度は一切無い。正に刀のように鋭く冷徹な沖田の問いかけに、楓は口だけで笑う。
「完全に殺す気やん。除隊もクソもあったもんじゃないな」
「無駄口なら地獄でたたきなさい」
「指図するなボケなす。先に地獄で閻魔と仲良くやっとけ」
「その生意気な口、切り落として差し上げましょう」
「そのお綺麗な顔、首から落として差し上げましょう?」
この瞬間訪れた無風無音の世界。
仏の前で殺し合いをしようという不届き者たちを風が立ち止まって見ているようだ。人の気配はおろか、虫の気配すらも感じない壬生寺境内。そんな異様な空気の中で、沖田と楓は握った刀の鍔に親指を掛けた。
――チャキッ!
「「死ねえぇぇぇっ!!」」
二つの鞘がほぼ同時に地面に落ち、青白い二筋の閃光が姿を現す。
((これで本当に終わりだ!))
この一撃に生死がかかる。眠っていた野性の勘が二人にそう告げる。
鬼と化した二人の戦いに決着が着こうとしていた。