幕末異聞―弐―
屯所はこんなに広かっただろうか?
どんなに走れど白い高塀が続く仏光寺通。ガコガコと高下駄の音を夜の町に響かせて走るのは土方歳三。
玉の汗を全身に作りながら屯所からそう遠くはない壬生寺を目指す。
「くっそ!!もう少し鍛えておくべきだったな…」
後悔先に立たず。思っていた以上に自分の体力が無いことに今になって悔やむ土方。
何も考えず屯所を飛び出してきたため、夜着のような薄手の単衣に刀を一本差しただけの軽装。提灯などの灯りは一切持っていなかった。
(ちっ!足場が悪くて思うように走れねー!)
真っ暗闇の中、高下駄で小石がそこら中に転がっている道を走るなど無謀である。しかし、土方は走るのを止めようとしない。
「あの猪女っ!!一体何考えてやがる?!」
ようやく屯所の白塀が切れ、壬生寺がすぐそこに見えるようになったその時、土方は微かな空気の変化に気が付いた。
「なんだこの重苦しい空気は…」
――キィィィ…
「!!」
辺りの様子に警戒していた土方の耳に、小さいが確かな金属音が聞こえた。
「あいつらっ!!!」
聞こえた方向はやはり壬生寺。土方は走りにくい下駄を手に持ち、裸足で音のする場所を目指した。