コーヒー溺路線
「おや、てっきりアメリカに戻ったのかと思っていたよ」
松太郎が贔屓にしているカフェの無精髭のマスターだ。
最近では松太郎も彩子が贔屓にしている社の付近にあるコーヒーショップに通っていたものだから、このカフェに来るのは非常に久しい。
コーヒー好きな彩子をこのカフェへ連れて来てやりたかったな、松太郎はしみじみと思った。
きっと彩子も気に入るであろうこのカフェにだ。
「いつものコーヒーを」
「ああ」
アメリカから帰国した日にここへ来た時も、カウンターの端の席に座って本を読む老人男性がいた。
今日もあの日と同じ席に腰を据えている。きっと毎日来ていて、その席は彼の所有物にでもなっているらしい。
松太郎はいつものように時間の流れが非常に緩やかに感じられるこの雰囲気に溶け込む。
このまま現実から逃避できたならどれ程楽だろうか、最近はそればかり考えている。
「疲れた顔をしているな」
「そうかな」
「仕事が忙しいのか」
「仕事は以前と変わりないよ。ちゃんと定時には終わることができる仕事量だし」