コーヒー溺路線
 

マスターは客の私情や事情の詮索を全くしない。
放っておいて欲しい時には放っておいてくれ、部屋に帰りたくない日には世が明くるまでこのカフェにおいてくれる。
 

マスターはただ黙ってそこにいてくれる。
 

松太郎はどうしようもなく泣きたくなった。
 


 
「大事にしたい人ができたんだ」
 

 
「……」
 

 
「しかしきっと一緒になれない」
 

 
「……」
 

 
「それは解っていたはずなのに、思い通りにいかないことが悔しい。自分が情けないんだ」
 


 
マスターは決して誰の味方にもならない。敵にもならない。
ただ黙って話を聞く。
それが松太郎には心地良かった。
 

マスターの黙するは、踏ん切りがつかない自分を責めているようにも感じられるし、慰めてくれているようにも感じられる。
それが良い。
 


 
「コーヒーだ。飲め」
 

 
「……」
 

 
「お前はここへ、コーヒーを飲みに来たんだ」
 


 
マスターの声は酷く優しかった。
綺麗なコーヒーカップにとびきり旨いコーヒーが注がれた。
彩子のこだわりであるマグカップを、松太郎は自分のマグカップを買いに行こうと思った。
 


 
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