コーヒー溺路線
コーヒーをいれようとやかんに水を入れて火にかけた瞬間、鍵の開く音がした。そして同時に靖彦のただいまといういつもの声が部屋に響いた。
「おかえりなさい、今日もお疲れ様」
「ああ、彩子、俺にもコーヒーをくれ」
「了解です」
疲れている時の靖彦は妙にコーヒーを飲みたがる。彩子は自分のいれたコーヒーを飲みたいと言われることが嬉しいので、いつも自分のと一緒にいれる。
「もう少し待ってね」
「うん、ああそうだプリン、ほらそこの箱」
「あら、ありがとう。とりあえず冷蔵庫に入れておくわ」
「そうしてくれ」
靖彦はふらふらとした足取りでネクタイを緩めながら寝室に行った。
靖彦のネクタイを緩める仕草が、彩子はとても好きだなと思った。しばらくその姿を見ているとやかんに沸いた湯がしゅうっと音を立てた。
「いけないっ」
泡が噴き荒れたやかんの蓋に手を触れぬように布巾を利用し、やかんを持ち上げて同時にコンロの火を消した。