コーヒー溺路線
靖彦が結婚というものをする前は、自分の側におく女は一人いるかいないかで十分だと思っていた。
どうして結婚というものをした後、今更もう結婚をした後に他の女を欲するのだろう。
欲するというよりは、目が行くという程度の軽いものなのかもしれない。
はたまた結婚して生活を共にすることでその女の性格や習慣を見、他の女は一緒に暮らすとどうなのだろうかと思ってしまうからだろうか。
判らない。
しかし靖彦は、そういったことを特には意識せず彩子とも奈津とも接していた。不思議な程、靖彦が社内で彩子と会うことはない。
「沢木、昼食はもう取った?」
靖彦が奈津にそう聞いたのは翌日の昼時であった。奈津は不思議そうにいえ、まだですけどと返した。
「どこかに食べに行かないか、奢るぞ」
靖彦の急な誘いに奈津は心底驚いている。それが全身から滲み出る程表われている。
「ぜひ行きますっ」
奈津はそうはきはきした声で言うと鞄を持って立ち上がった。靖彦は上司に昼食を取りに行くという旨を告げると、鞄を持ったまま直立不動している奈津の背中をばしりと叩き、行くぞと促した。