コーヒー溺路線
 

奈津はと言えば動揺を隠せずにいた。
まさか密かに想いを寄せている靖彦に食事に誘われるとは思わなかったからだ。
 

二人はゆっくりとした歩行でエレベーターへ向かい、一階のロビーに着くと外へ出た。
 


 
「あの、林さんどこまで行くんですか?」
 

 
「そうだなあ」
 


 
靖彦の少し後ろを奈津が歩く。
 

靖彦の曖昧かつ気紛れな返事に奈津は戸惑った。そんな奈津に靖彦は何が食べたいかと聞いた。
 


 
「いや、私今特別食べたい物とかは」
 

 
「ううん、それなら」
 


 
靖彦はそう言いながら横断歩道の信号機のランプが青色に変わるのを待つ。奈津もおとなしくぴたりと足を止めた。
 


 
「林さん、良いんですか?こんな、私と昼食を取るだなんて」
 

 
「沢木」
 


 
靖彦は急に振り向き奈津を呼んだ。奈津は驚いてびくりと肩を震わせて靖彦を見上げる。
 


 
「同級生なんだから林さんだなんて堅苦しいよ、靖彦、で良いから」
 

 
「えっ!」
 


 
二人の関係が、少し近いものとなった一言だった。その瞬間、奈津に赤色だった信号機のランプが青色に変わるのが靖彦の肩越しに解った。
 


 
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