コーヒー溺路線
「すみません、私ちょっとお手洗いに」
「ああ、行ってらっしゃい」
奈津が食べ終えた後も靖彦はゆっくりと茶を飲んでいた。緊張していたせいなのか、少し早く食べ過ぎたなと奈津は思いながら席を立った。
そんな奈津の後ろ姿を眺めながら靖彦は早々に店員を呼んでいた。
「ここで勘定しても良いかな」
「はい、もちろん良いですよ。日替わり定食が二膳で二千二百円です」
奈津がいない間に勘定を済ませてしまい、ふうと一息吐いた。
あんな風に素直な反応をする女も可愛い、俯く奈津を思い出しながら靖彦は思っていた。しかし決して彩子が大切ではない訳ではないのだ、というのは言い訳だろうか。屁理屈だろうか。
「すみません、遅くなって」
「大丈夫さ。それじゃあ社に帰ろうか」
「はい。あっ、お金」
「ああ、それはもう払ったよ」
「えっ、そんな」
「社を出る前に俺の奢りだと言っただろう?」
「それでも駄目ですよ、あっ待って下さい、林さん」
「靖彦だ、奈津」
「……」
ぴしゃりと言い放つ靖彦の前で、困惑の表情のまま奈津は再び俯いてしまった。