コーヒー溺路線
結局奈津は靖彦に昼食を奢られ、俯いたまま社へ戻った。行きと同様奈津は靖彦の少し後ろを歩く。
しかしそれはエレベーターに乗ると自然と隣りに肩を並べる状態となった。
「まだ気にしているのか」
「だって、こんなに強情な……」
「奈津」
ふと名前を呼ばれて奈津は顔を上げた。靖彦はずいと奈津の顔を覗き込む。
「は、林さんっ」
「奈津。靖彦と呼ぶんだ」
「そんなこと出来ませんっ」
「どうしてだ」
「どうしてって」
そんな風に見つめ合って名前で呼び合うということは恋人同士ですることだ。これ以上靖彦の中へ踏み込むと危ない、奈津はそう思った。
「呼ぶんだ。奈津」
「駄目、です」
「呼ぶんだ」
奈津の緩いカールのかかった髪に靖彦は触れた。肩につく程度のその栗色の髪はさらさらと靖彦の指で泳ぐ。
「奈津」
「や、靖彦、さん」
「……良い子だ」
その瞬間、靖彦がやり場のない想いを奈津の唇に押し付けたことは言うまでもない。
禁忌だ。