妖怪外伝百鬼夜行
「千夜ッ!」

驚愕に目を丸める小夜子。すぐに千夜に歩み寄ろうとする。
だがそれを穂村は手で制した。
彼の目は、普段の温和な空気も柔らかな物腰も感じさせず、ただ冷たい視線を送る。

ゆっくり、千夜に歩み寄る。
無言の中に感じさせる気迫。千夜は負けじとたじろがずに睨みつける。

「見たな……?」

低い、威圧的な声。物怖じするような殺気を感じてしまった。
ヤバい!

残りの三人も個室から飛び出す。そして烏丸が千夜と穂村の間に割り込んだ。

「生徒に手をあげるのは、止めましょう。穂村先生」

「……っ」

まず驚くのは彼の翼。そして陽と東がいる。完全に囲まれた。
小さく舌打ちを漏らし、穂村は小夜子に向き直る。

「……?」

そこで彼は、ほほ笑んだ。
甘い微笑ではない。恐ろしい微笑みでない。冷たい微笑みでない。
どこか悲しげな笑みを浮かべ、そして烏丸に向き直り、ずいっと歩み寄る。
見上げる穂村の顔は、瞳は、ギラギラと妖しく光っている。

「……っ」

人間でもこんな恐ろしい空気を出せるのか。
少したじろいだ隙に、彼の脇腹に痛みが走った。

「っ!」

穂村の顔に気を取られ、死角となっていた場所に穂村の拳が入る。
急所を狙うその一撃に烏丸は痛みに顔をしかめる。その間に、穂村は出口側に立つ千夜と陽を押しのけて、トイレから逃げ出した。
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