Love Water―大人の味―




「えっ、まさか走るつもりですか?」



胸に抱えられたバックを見ながら、近づいて来る矢野くんは目を見開く。



あたしは恥ずかしさと気まずさで、慌ててバックを下ろす。



20歳を過ぎた女が、雨の中を全力疾走だなんて笑える。



しかもそんな姿、間違っても後輩には見られたくない。



これは先輩としての面目の問題よ。



「あははは……」



とはいうものの、これと言った言い訳も思いつかなく引き攣った笑いが出る。



それを見た矢野くんは、ちょっと首を傾げた。



茶色い髪が、わずかに揺れる。



「……よかったら、俺の車に乗っていきますか」



「えっ」



思わぬ言葉に、今度はあたしが目を見開く。



そうしていると、彼は慌てたように手を前に出してそれを勢いよく振った。



「あ!でも雨衣さん、彼氏いましたよねっ。

他の男の車になんて乗ったら怒りますよね」



「………」






矢野くんに悪気はない。



彼は、あたしと彼が別れたことを知らないのだから。




< 34 / 102 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop