Love Water―大人の味―
「えっ、まさか走るつもりですか?」
胸に抱えられたバックを見ながら、近づいて来る矢野くんは目を見開く。
あたしは恥ずかしさと気まずさで、慌ててバックを下ろす。
20歳を過ぎた女が、雨の中を全力疾走だなんて笑える。
しかもそんな姿、間違っても後輩には見られたくない。
これは先輩としての面目の問題よ。
「あははは……」
とはいうものの、これと言った言い訳も思いつかなく引き攣った笑いが出る。
それを見た矢野くんは、ちょっと首を傾げた。
茶色い髪が、わずかに揺れる。
「……よかったら、俺の車に乗っていきますか」
「えっ」
思わぬ言葉に、今度はあたしが目を見開く。
そうしていると、彼は慌てたように手を前に出してそれを勢いよく振った。
「あ!でも雨衣さん、彼氏いましたよねっ。
他の男の車になんて乗ったら怒りますよね」
「………」
矢野くんに悪気はない。
彼は、あたしと彼が別れたことを知らないのだから。