Love Water―大人の味―
「じゃあ、あたしはこれで失礼します……」
結局、最後まで彼の顔を見ないまま背中を向ける。
すぐそこにある自分の部屋のドアに手をかける。
………終わった。
これで貸し借りは一切なしだ。
自己満足でケーキを渡しただけかもしれないがちゃんと謝ったし、これでもう、部長に対してやましい気持ちはない。
部長が昨夜の出来事を早く忘れてくれることを祈ろう。
そう思いながらドアのぶを回すと、ふいにあたしの手に別の手が重ねられた。
大きくて、暖かい手。
それが誰のものかなんて、一瞬で分かった。
だって今このフロアには、あたしと彼しかいないもの。
ゆっくりと顔を上げる。
ここに来て初めて見つめた彼の顔は、相変わらず無表情だった。
「あ、の………」
急に大きく鳴り出した心臓。
緊張で、口から出る言葉はロボットみたいにカタコト。
そんなあたしを見下ろした部長は、たっぷり時間をかけてから言った。
「……なら、コーヒーを煎れてくれ」
「…………は?」
至極真面目な顔でそう言った彼に、思わず間抜けな返事をしてしまった。