幕末異聞ー参ー
――五月九日
薩摩で西郷が準備を整えたのを知ることなく、長州に上陸した坂本を迎えたのは事前に文を送っていた桂の付き人であった。
「長旅お疲れ様です坂本様。桂殿は近くの宿屋でお待ちです」
「おお!桂さんの使いか。ご苦労じゃな。早速案内頼むぜよ」
にかっと笑い付き人に荷物を渡してから、さっさと歩き出す坂本。
(一刻も無駄にできん。すぐにでも同盟を)
余裕の表情には似合わずその心中は穏やかではなかった。
港から三十分ほど歩いたところに小さな町が見えてきた。
決して栄えているとはいえない町だが、小綺麗で落ち着いた雰囲気である。
「いい町じゃな。とても混乱してたとは思えん」
町を眺める坂本の目には壊された家屋も壁もそれほど目立たなかった。
「長州征伐は噂だけではなく本当にほとんど民には被害が及ばなかったのです。それでも、民は皆幕府のしたことをよしとはしていません」
そう締めて桂の付き人はある提灯を見上げた。
「ここです。どうぞお入りください」
付き人は風でゆらゆらと揺れる提灯には達筆な字で『佐伯屋』と書いた宿屋の暖簾を分けた。