青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
絶句する二人は親玉の言葉を確認するために再々度帆奈美の方を見つめる。
確かに、彼女の頭上には黒い塊。
正体が鉄筋かどうかは分からないが、もしアレが鉄筋だとしたら相当の量がロープに吊るされていることだろう。
そのロープは天井のS状フックへと伸びている。
本来機器類を固定するためのS状フックにはロープが通り、長い長いそれは五十嵐の下まで伸びて、地に転がっている。
ドッと毛穴から汗が噴き出る。
もしもあれに火を点せば、灯油の染み込んだロープはあっという間に火が回り、重さに耐え切れなくなってブッツンと引き千切れてしまうだろう。
そしたら拘束されている帆奈美の頭に……だったら火を点すその前にライターを分捕るという手はどうだろう?
駄目だ、走るよりも火を点す時間の方が早い。
指に引っ掛けるだけのライターと距離を詰める行為だったら、確実に前者の方が早く行動を起こせる。
それに、だ。
五十嵐のことだから所構わず灯油を撒いたに違いない。
帆奈美のいる方角から強い灯油の臭いがするのだ。
十中八九彼女のいる方角に灯油を撒かれている。
どうする、どうすればいい、どうしたら帆奈美を助けられる。
喧嘩でまさか、こんな大ピンチ場面に遭遇するとは……最近の喧嘩も物騒になったものだ。
頭をフル活動させるヨウに対し、
「貴様」
ヤマトは顔を歪ませて盛大に舌を鳴らした。
その苦痛帯びる表情に相手はせせら笑い。
待ち望んでいた表情を手にした、というところだろう。
「お前等の選択肢は二つだ」
女を見捨てて自分達に挑むか、それとも降参して女を助けるか。女を助けても二人は見逃してやらないけどな。
悪辣な台詞を羅列する五十嵐にクッと顔を歪ませ、ヨウは地団太を踏む。
此処まできてこの仕打ち。
何処まで人の神経をおちょくれば気が済むというのだ。
歯軋りをしつつ相手を睨んでいるとヨウの耳に、「貴方の考え。成功しない!」制止の声。
親玉が振り返る間もなく声の主は五十嵐をせせら笑い返した。
せせら笑いが似合わぬその声の持ち主、帆奈美は鼻を鳴らして相手を一笑。
「二人とも、喧嘩馬鹿。勝つこと優先。貴方の目論見に嵌らない」
男はみーんな喧嘩馬鹿なのだと帆奈美は肩を竦める。
だからこっちは苦労をしている、と付け足して。
それにどっちにしろあの二人は自分にとってお遊び。セックスフレンドなのだ。
今回のことで二人のことを見切っている、と彼女らしくない捨て台詞を吐く。誰がどう聞いても空言にしか聞こえないソレ。
「貴方の女になった方が楽しそう」
なんて媚を売る始末だ。
フーン、鼻を鳴らす五十嵐は軽く笑みを浮かべた。
「ということは条件呑むのか?」
「私、男なら誰とでも寝れる。貴方の条件、喜んで呑む。二人よりもテクニカルなこと、期待している」
おいおいおい、帆奈美。なんっつーことを。条件って何だよ条件って。
瞠目するヨウだが、「約束」彼女は条件を呑むから約束は守るようボスに強要。
憶測だがその条件とは、多分自分の舎弟と突きつけられた条件と同じものだろう。
おおかた五十嵐の女になることでチームメートを助ける、といったところに違いない。
しかし、そこは五十嵐。
相手の弱味を漬け込んで、助けるチームは一つだと条件を突きつけた。
両チームの降参と片方のチームの犠牲で約束を守ると言い放ったのだ。
「それじゃ無意味」
帆奈美は顔にクシャッと皺を寄せた。
彼女は基本喧嘩を好まない。
例え属していないチームであろうとも、手を組んでいると分かっている以上は両者助けたい筈なのである。
つくづく狡く悪趣味な男だ。
此方の苦痛を煽ることを楽しんでいるようだ。
ヨウがギッと五十嵐を睨んでいると、ヤマトがヤーレヤレと呆れ口調で二人の会話に割って入る。