青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―



一方で火の回りは瞬時に倉庫内を照らすほどである。


ボッ。

点火した音はそんな擬音語が似つかわしい。散っていた液体に火は駆け出し、瞬く間に暗かった周辺はオレンジの光に包まれる。


確かな視界が手に入ったと同時に、周辺は火のパレード。


灯油の撒かれた箇所に炎はあがり、五十嵐の足元に放置されていたロープも火が走る。


数秒も掛からず火達磨になるロープは灯油が染み込んでいるせいで、焼け焦げる回りも速い。


近辺で炎が産声を上げ始める中、帆奈美は自力で手首を拘束しているタオルをどうにかしようと躍起になっていた。

が、どうにでもできず、歯で引き千切りたいがそれは此処に連れて来られた際、何度も試して実証済み。


結果はご覧のとおり、である。


パチパチとロープは炎に身を包まれ、身を焦がし、きな臭い異臭を漂わせ始めている。


グラッと揺れる鉄筋の束を見上げた帆奈美だったが、その視界は他人の体によって遮られる。


「上を見るんじゃねよ」


火の粉が目にでも入ったら笑い種だぞ、と皮肉を零してくるのは今のセフレ。

固く結ばれてるタオルの結び目を解こうと手先に力を込めている。


「あ゛ーうぜぇ!」


固いタオルの結び目に苛立つヤマトは、荒々しく片膝をついて人質の解放に集中。


「ヤマト」


彼の名を呼び、どうして、と脹れ面を作った。


「五十嵐の女になること、なんで止めた? ヤマトにとって演技下手でも、向こうには通じたかもしれなかった」

「るっせぇ。黙ってろ。クソ固ぇな。どんだけ固ぇんだ」

「ヤマト、聞いてる?」


「俺は面倒事がいっちゃん嫌い何だ。お前、後で死ぬほど自己嫌悪する女だろうが」


ビィビィ泣かれたら面倒だとヤマトは皮肉を込めて鼻を鳴らす。

泣き虫だしな、しっかりと悪口(あっこう)を付け足して。


遠回し遠回し、彼が気遣ってくれているのだと気付いた帆奈美は底知れぬ馬鹿だと苦笑い。

それは互い様だと肩を竦めるヤマトだったが、背後から近付いて来る気配に気付き、少しばかり緩んだ結び目から手を放して振り返る。


振り下ろされた拳を受け流し、ヤマトは舌を鳴らした。五十嵐の取り巻きの一人がこっちにやって来たようだ。


「荒川! 貴様っ、ナニこっちに敵を寄越してくれてやがる! つっかえねぇな!」


すると向こうから怒号が投げられた。


「こっちは一対四だぜ! 一人はそっちにやっちまったけど、三人は一人で相手取ってんだ! 感謝しろ! イイトコばっか取っていきやがって 一人くらいどうにかして、さっさと人質を助けろ。ふざけるな!」


大反論が返ってきた。


かんなり向こうはご立腹のようだ。動きがやけに大振りで雑である。


とはいえ、こっちも時間が無い。

早く人質を解放しないとロープが焼き切れてしまう。


ヤマトはチラッと天井を流し目、火の粉を降らすロープとグラつく鉄筋に最悪のシナリオが脳裏に過ぎった。


焦燥感に駆られる間にも、向こうは状況などお構い無しに拳を振ってくる。

目算ではあるが、実力的に程度の手腕のある奴と見た。


やはり五十嵐の側にいただけある。


「嬉しい限りだな」


こんなにも警戒心を抱かれているとは、それほど自分達の力を懸念してくれていたのだろう。否、狡い戦略に懸念していたのだろう。


ギリッと奥歯を噛み締め、ヤマトは一旦帆奈美から相手を遠ざけるために床を蹴って猪突猛進。

膝蹴りをどうにか片手の平で受け流し、手を結んで勢いづいたボディーブローを相手にお見舞いしてやる。


腹部に綺麗に決まり、相手は二、三歩後退。


更に下から上へ顎を手の平で突き、相手のよろめいた隙を見て、手早く帆奈美の拘束しているタオルを引き解く。

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