君が教えてくれたこと
僕がただ緊張していただけなのか、今日の会話は少なかった。
「ありがとう」
「ううん。明日ね」
「うん、バイバイ」
小さくなる由梨の後ろ姿に、僕は携帯を取り出し、保存していたメールを送った。
『気を付けて帰ってね。あと、しっかり言ってなかったから。僕と付き合って下さい。じゃあ、明日』
僕は、足を止めて、由梨の返事を待った。
返信を待つ時間が長くて、これほど緊張したことがあっただろうか。
数分後・・
着信音が鳴った。
由梨からのメールではなく、初めての電話だった。
「あっ、もしもし」
「直接、言ってよ」
由梨は、恥ずかしそうな声で言った。
「ごめん」
沈黙が続いた。
僕には長く感じて、車のライトとクラクションの音が、妙に気持ちよかった。
「ちょっといい」
「ん」
いつもとは、様子の違う声で、由梨は話し始めた。
「ずっと、ずっとね、内緒にしてた訳じゃないんだけど」

「なに」

「私、産まれた時から心臓が弱くてね」
由梨からの精一杯の告白だった。
それが、僕には嬉しかった。
泣き出しそうな由梨に、どんな言葉をかけるべきだったのか。
その時の僕には、かけてあげる言葉が見つからなかった。
由梨の病気は、家族と親しい友人にしか教えられてはいなかった。
気付いたら、僕は、走り出していた。
「ちょっと待ってて、今そっちに行くから。今日は、家まで送るよ」
「うん」
由梨の元へ走った。
それほど、遠くはなかった。
僕は由梨の手を握った。

由梨は何も言わず、握り返した。
初めて、手を繋いで歩いた。

外灯の下を一歩ずつ、歩幅を合わせながら、
ゆっくりと歩いた。

…ねぇ、優
…なに、
…爪、切ってね。
…あっ、ごめん。

普通でいい。

特別なことは何もいらない。
ただ、由梨が傍に居てくれればいいと、そう思った。

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