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 彼女は、僕の言うことなんて、一つも聞かずに。

 僕を銀色の防寒シートでくるみ。

 ソリの先についているロープを斜めがけに、自分の身体に巻き付けると、危なげなく、引いてゆく。

 たぶん相当、こんな状況……雪山と、救難者を運ぶ技術……に慣れているみたいだった。

 ソリに乗せられ、見上げる格好で、良く見れば。

 華奢で、小柄なはずの彼女の背が、とても大きく、逞しく見えた。

 その、背中を見ているうちに。

 僕の胸のどこかが、どきん、と鳴った。

 それは、まるで。

 本に書かれているような『恋』のカタチのように思えたけれども。


 ……多分、僕は。


 自分を守ってくれるヒトが欲しかったのかも知れない。

 巣立ちには、早すぎる雛が、住処から転がり落ちるように。

 一人で、雪に埋まっていたのが……本当は、寂しかったのかも知れなかった。

 そうでなければ、この。

 切なく刻む、胸の高鳴りの意味が、理解出来無かった。

 ヒトに、限りなく似せているとはいえ、まさか。

 生殖活動とは、遠いアンドロイドが。

 情報を得るためのプログラムとして、女性を抱きたい衝動に駆られるのではなく。

 本当の恋に落ちるなんて、考えられ無かった。

 しかし、理論的には、そうであっても。

 とても不思議な気分を抱えたまま、僕は運ばれてゆき……

 保温され、当面の危機を脱した僕は。

 自己メンテナンスのために、一旦意識を閉じることにした。










 


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