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「今まで……好きなヒトは、確かにいたよ。

 でも、それは『母さん』みたいに、好きだったんだ」


 ……だから、僕は、戸惑ったに違いない。

 そして、オリヱの側によりそう九谷が憎くて仕方がなかったのも。

 きっと、それは、単純な嫉妬ではなく。

 父親を憎む子供のような。

 文献で読んだ、エディプス症候群に近かったかもしれなかった。

 判ってしまえば、単純なこと。

 けれども、今、僕の目の前にいるヒトへの想いは、違う。

 桜も、僕を見てキレイだと言ってくれた。

 でも僕も、きっと、桜に一目で惚れてしまったんだ。

 だから。

 予定された、プログラムの外で、胸がときめくんだ。

 ヒトに造られた。

 偽りの命と、魂を持っているにも関わらず……!


「僕は、桜が、好き、だよ。

 ……愛してる」


 言葉にしてしまったら、単純なこと。

 でも、その想いは、胸が張り裂けそうに高まった。


「僕は、今。

 桜のことを、誰よりも、何よりも、愛してる……!」


 それは、魂が震える想い。

 この上なく真剣な、ココロの叫びだった。

 そして、僕の声に、桜も、その目を見開いた。


「本当に……?」


 と、戸惑い、揺れる小さな声を出した。


「わたしのこと……好き?」


「うん」


 それは、どうにも止められないぐらいに。


「……あのひとを忘れて、あなたに走ったら……軽い……悪い……女だと思う?」


「……思わないよ。

 だって、その男は、帰らずに。

 桜は、三年も、泣きながら、探していたんだろう?

 よく頑張ったよ。

 もう、十分だよ……」


 だから、おいで?

 と広げた僕の腕に。

 桜は、もう何も言わずに、飛び込むと。

 彼女は、僕の胸の中で、声の限りに、泣いた。





 
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