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 桜。

 一緒に下山できないで、ごめんなさい。

 僕は、本当に、桜を愛してるよ。

 だから。

 だから……!

 桜には、生きて欲しいんだ。


 僕を抱きしめたまま、力つきてしまった桜を、ベッドに連れて行こうとして。

 彼女は、眠っていても、僕を離さないことに気がついた。

 やっぱり、この場合。

 無理に放しても、ベッドに寝かせた方が良いのかな? と考えて、クビを振る。


 ……僕の最後の我がままを、しても良いかな?

 きっと……

 桜が目覚める前に……研究所の職員が、飛んで来るはずだから……

 僕は、これから冷えてゆくはずの僕自身のカラダから。

 貴重な桜の体温を守るべく。

 しっかりと、毛布を巻きつけてから、僕も、桜を大切に抱きしめた。


 そして。


 修復不可能な、完全機能停止を誘うために。

 自己崩壊システムのスイッチを入れた。


「……っ!」


 外見は、何も変わらないはずだった。

 でもまだ、触覚が生きている段階で、末梢から僕のカラダが、壊れていく。

 その痛みは、想像を絶するほど強かった。

 叫び出しそうな声を抑えて、悶え。

 思わず、身を震わせたけれども。


 大丈夫。


 桜を生かすためになら、耐える。


 耐えられる。



 ……気がおかしくなりそう痛みが、どれだけ続いたのか。

 やっと入った、緊急信号を、確認して。

 僕は、溜め息をついた。



 ああ。



 良かった。



 これで、桜は生きられる。



 桜。



 愛してる。




 僕が消えても、君は、生きて………



 僕の、ココロからの願いは。



 ひとしずくの涙になって。



 桜の頬に、砕けて消えた。








 
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