凶漢−デスペラード

2…仕事

シャワーのコックを捻る。
数秒待ってると、熱い湯が出て来る。
首筋に当てると、心無しか、このところの睡眠不足が消えてくれるような気がした。
今日で四十時間以上まともに眠っていない。
眠らない街のチンピラは、安眠を許されないものなのか……
5分程でシャワーを終え、バスタオルを腰に巻いただけの姿で出ると、ジュリは竜治の布団で寝息を立てていた。
大きく開いた背中は、幾分日焼けしていて、そばかすが少しあった。
足元に畳んであった毛布を掛てやり、煙草に火を点けた。

この一本を吸い終えたら、着替えよう……

気が乗らない…。
売上を渡しに行かなければならないのだが、渡す相手の顔を見るのが嫌だった。
田代…盃は貰ってないが、一応、親栄会の息が掛かった人間だ。
主に、シャブの小売を任されている。
表向き、暴力団の殆どが、シャブはご法度になっている。
しかし、金の成る木をヤクザ達がはい、そうですかと言って手放す訳が無い。
直接、組が関わると後々まずいから、表向き堅気で組とは関係の無い人間にそっち方面のビジネスを扱わせる。
要は、トラブルや資金の面倒を見る代わりに危ない商売をやらせてるという訳だ。
竜治は、田代の下で働く言わば、シャブの小売屋だ。
物の直接の受け渡しをしている。
エニグマはその受け渡し場所だ。
この仕事をするきっかけは、田代がたまたま刑務所仲間だったからだ。
仲間といっても、中で特別親しかった訳では無かった。
寧ろ、竜治は田代を嫌っていた。
竜治が八年の刑務所務めを満期で出所して来たのは、去年の暮れ、今から十ヶ月ばかり前の事だ。
幼い頃から父親と二人切りで生活していたが、唯一の家族である父親をガンで高二の時に亡くすと、竜治の人生はそこから少しずつ狂い出した。
誰もが想像出来るように、暴走族に加わり、幾つかの事件を起こし、少年院送り。
そこからは、絵に描いたような転落だった。
地元のチンピラと揉めた時、相手の一人をナイフで刺してしまった。
人を刺したというのに、竜治の心の中は、特に揺れ動く訳でも無かった。人の命があんなにも呆気無いものなのか…それが、正直な感想だった。
ただ、今でも時折、刺した時の感触が思い出される事がある。
そういった時は、決まって今日のように睡眠不足が続いた時だ。
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