失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




兄貴の帰りを待っていた

待つのは長い

10時を回った頃玄関で音がした

帰ってきた

それだけで心臓が早くなる

笑える

ある一人の人間がこんなに必要

なのってあるかな

兄が部屋に上がって来るまで

考えた

夫婦だってもっと自立してる

親子…とか

そう…僕たちもう

兄弟なんかじゃないよね

もうとっくに




しばらくして兄が

部屋に上がってきた

真っ暗な部屋の明かりも点けず

手探りで自分の机のスタンドを

小さくつけた

「大丈夫だよ…お帰り…起きてる」

「起きてたのか…真っ暗で?」

「うん…なんか…疲れてる」

「ああ…お前…メシ食わなかったん

だって?」

「う…ん」

兄は机のライトをMaxにした

間接照明みたいに部屋がぼんやりと

浮かび上がった





「兄貴…今日さ…バンド甲子園の

一次予選通ったんだ」

僕がボソッと告げると

兄貴はすぐに上のベッドに

上って来て僕の顔を見た

「…そうか…良かったな…でも」

沈んでる僕の顔を見て

兄は首をかしげて切なく微笑んだ

「また手のひらからこぼれてった」

兄はそう言って僕の頭を撫でた

僕の目から涙が落ちた

黙ったまま僕は目を閉じて

うなずいた

「なにも積まれないよ…俺もそう

研究が上手くいっても…教授から認

められても…論文が雑誌に載っても

…ね」

僕は目を開けて兄を見た

「あ…兄貴も…なの…?」

「ああ…そうだ」

「ずっと?」

「ん…ずっとだ」

兄は目を細めて僕の涙を

指先でぬぐってくれた

「なん…で…かな?」

僕は兄に尋ねた





 
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