失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「お前だって…もうわかってるだろ
う?…生きてる振りじゃ…何も
積まれない」
わかってる
そう…もう結論は出てるんだ
なのに…兄貴しかいないのは
わかってるのに
わかっててもまだ
苦しいのは
なぜなんだろう…?
僕は兄にそう尋ね直した
「知ってるんだよ…この空虚は兄貴
にしか埋められないんだってこと…
…だけど僕は…あのバンドの連中の
こと…好きなんだ…ほんと…良い
仲間で…僕はとっても感謝してる
なのに…なんで…」
兄は僕の隣に横になった
「満足出来ないんだろう…って?」
「…そ…う」
「まだ…ひとつじゃないから」
兄は静かに答えた
「成果や他人の評価や社会的な実績
なんて…本当に欲しいものじゃない
わかってるけど…つい忘れかける
それがなければ…そこに居られない
ことがバレる…それを怖れてるから
普通の人の振りをする…だから忘れ
る…世間に触れているとまるで自分
がもう一度ここでやって行けるよう
な気になる…俺たちにとって失った
ものは大きすぎるから…まだ前の
感覚が残ってるんだ…慣性の法則
みたいに」
兄はいつものように腕枕を
僕にしてくれた
「ひとつになれるくらい…融け合え
たら…」
兄は僕にキスした
「その時だけ虚しさは消えて無くな
る…お前が今までしてくれたように
な」